古銭は紙幣がとくにみんなの気持ちをつかみますよね

みんなが大好きな古銭の紙幣

懐かしいお札の話

数ある古銭の中でも、日本の紙幣は広い世代で共有できる話題になります。紙幣に描かれた肖像画が変更された時代が、ここ数十年の間に何度もあったからです。例えば、一万円札と言えば、今でこそ福沢諭吉の肖像画で有名です。

スラングとして、一万円札の事を「諭吉」と言い換えられるほどですから、福沢諭吉の一万円札との関係は日本社会に深く浸透していると言えるでしょう。しかし、福沢諭吉の肖像画が一万円札に採用されたのは1984年の事で、それより前の一万円札には聖徳太子の肖像画が使用されていました。そもそも、1958年に一万円札が日本で初めて作られた時、その肖像画が聖徳太子だったのです。

登場した時期として、高度経済成長に活躍した世代にとっては、馴染みのある紙幣になります。それ以来、26年の間使われ続けて、ようやく福沢諭吉の肖像画が描かれた一万円札が登場しました。ちなみに、福沢諭吉の一万円札は2010年の時点で、初の発行から26周年を迎えています。既に、聖徳太子の肖像画を使った一万円札よりも、長く使われ続けているのです。また、五千円札は樋口一葉の肖像画が使用されていますが、これが発行されたのは2004年、つまり10年以上前の出来事です。

それより前の新渡戸稲造の肖像画が使われた五千円札に馴染みのある方にとっては、樋口一葉のお札が使われ始めて、もう10年が経っている事を意外に感じる方も多いでしょう。ちなみに、新渡戸稲造と樋口一葉には、意外な関係性があります。

聖徳太子に変わる肖像画を決める際、当時の大蔵省では女性の肖像画を採用する事にして、4名の候補を挙げました。その内の1人が樋口一葉でしたが、彼女は24歳で夭折した女性であるため皺や髭等がありません。この為、当時は偽造防止用の加工が難しく、他の3名同様に採用が見送られたのです。

そこで、4名の女性候補者に代わって、五千円札の肖像画に選ばれたのが新渡戸稲造でした。女子教育に尽力をしていた東京女子大学の初代学長という点が注目されたからです。新渡戸稲造が五千円札の肖像画に採用されていた頃は、新渡戸稲造の功績として「英語で『武士道』を著し、日本の文化を外国へ伝えたこと」がよく指摘されていたものでした。

しかし、新渡戸稲造が紙幣の肖像画として採用された背景には、当時の大蔵省が進めていた、意外な採用方針が関係していたのです。古銭には様々な楽しみ方があるものです。単純に古いお金を収集するだけでなく、時には家族が集まる機会に古銭を見せてみると良いでしょう。紙幣が使われていた時代のできごとや思い出等で、話が弾むはずです。また古銭の価値の話は特に盛り上がることでしょう。古銭買取の業者がいま一番買取で力をいれているのが古銭と言われています。インターネットでも最近古銭買取比較のサイトが増えており、査定をしてもらって価値を確かめる人が増えています。本当に古銭は色々と話題のつきませんね。

©2015 古銭の紙幣はみんなに人気があり家族の会話も盛り上がる